ザ 語源 第35回 ジューン・ブライド:6月の花嫁とマネー
2024.06.10 (月)
ジューン・ブライド:6月の花嫁とマネー
欧州には「6月に結婚すると幸せになれる」という言い伝えがあります。「ジューン・ブライド(6月の花嫁)」あるいは「ジューン・ブライダル(6月の結婚)」という言葉で日本でも知られています。3月~5月の農繁期を経て、晴天が続く6月が結婚式の時期として最適という考えでこの様な言い伝えが出来たのでしょう。日本の6月は晴天とは逆で梅雨となりますが、これは当時日本のブライダル業界が欧州を模して「ジューン・ブライダル」とキャンペーンを打つことにより10月前後の秋に集中する結婚式の需要を6月に分散させたいという思惑があったようです(実際に日本のブライダル業界の繁忙ピークは今でも10月、11月です)。
6月は英語で「June:ジューン」です。古代ローマ神話の最高神「ユピテル(英語名:ジュピター)」の正妻にして「結婚」と「出産」を司る女神(めがみ)「ユーノー(英語名:ジュノー:Juno)」が由来です。6月に結婚することで女性の守護神である「ユーノー」のご加護を得たいという考えがありました。
「ユーノー」は最高女神の名にふさわしく多くの添え名を持っていました。添え名とは尊称を含む一種のニックネームです。例えば大航海時代の幕開けを担ったポルトガルの王子「エンリケ航海王子(英名:プリンス・ヘンリー・ザ・ナビゲーター)」や英国王「リチャード獅子心王(ライオンハート)」などが有名です。
「ユーノー」の添え名で最も知られているのが「ユーノー・モネータ(Juno Moneta)」です。「モネータ」はラテン語の「忠告、警告する:monere(モネーレ)」から来ており、この添え名で「忠告のユーノー」となります。
女神「ユーノー」に「忠告」や「警告」を意味する「モネータ」という添え名が付いた経緯として次のような話があります。古代ローマ共和国は周囲の都市国家やガリア人と興亡を繰り返していました。紀元前4世紀初頭、ローマの難敵であったガリア人が奇襲を仕掛けてきました。ローマ軍の歩哨はその襲撃に気が付かなかったのですが、女神「ユーノー」を祀る神殿で飼育されていたガチョウだけがガリア人の奇襲に気づき騒ぎ立てたのです。
ガチョウの報せでローマ軍は速やかに反撃する機会を得て見事ガリア人を追い払いました。ガチョウは非常に警戒心が高く当時は番犬より敵の襲撃に備え重用されていました。この戦勝が元となり女神「ユーノー」には「忠告」という意味の「モネータ」という名が添えられました。
「怪物」は英語で「モンスター(monster)」ですが、ラテン語の「忠告、警告する:monere(モネーレ)」が英語の「怪物:monster(モンスター)」につながったという説があります。ラテン語で怪物のことを「monstrum(モンストゥルム)」といい、「monster(モンスター)」の語源とされています。欧州では古くから得体の知れない怪物の出現は大災害や凶作による大飢饉の前兆であると信じられていました。そこで警告の対象となった「怪物」を「モンスター」というようになったのでは、ということです。欧州と同様に日本でも災厄は怪物(物の怪:もののけ)が関係していたと考えられていたようです。
(詳細は「ザ 語源 第21回 ケチはなぜ不景気を呼び込むのか?」をご覧ください)
さて女神「ユーノー・モネータ」に話を戻します。古代ローマでは紀元前300年頃より貨幣が鋳造されるようになりました。当時貨幣は「ユーノー神殿」で鋳造されていました。先ほどお話したガリア人との闘いの勝利という縁起をかついで貨幣鋳造所を「ユーノー神殿」に設置したのかは定かではありません。しかし、女性の守護神であり、かつ国家の非常時に重大な報せをもたらした「ユーノー」のご利益を得たいという考えがあったのではないかと想像します。
「ユーノー・モネータ」の神殿で鋳造される貨幣は長い時を経て「マネー:money」と呼ばれるようになりました。「ユーノー」の添え名である「モネータ」が「マネー」の語源となったのです。因みに6月は一般的にボーナスの支給月ですが、「ボーナス」もローマ神話に登場する豊穣と成功の女神「ボヌス・エヴェントス」が語源です。
(詳細は「ザ 語源 第22回 ボーナスとサラリー」をご覧ください)
ところで筆者が現在住んでいるところのすぐ近くに桜の通り抜けで有名な「造幣局」があります。ここは財務省の管轄であり日本で発行される硬貨を製造しています。支局が大阪市とさいたま市、広島市にありますが、本局は1871年(明治3年)より一貫して大阪にあります。
散歩で「大阪造幣局」の正面出入り口を通りかかった際、正門に「Japan Mint(ジャパンミント)」という表示が掲げられていました。なぜ「ペパーミント」の「ミント」と同じ綴りなのかと不思議に感じ、「造幣局」の語源を調べてみたところ、「ユーノー・モネータ(Juno Moneta)」の神殿に設置された貨幣鋳造所がそのまま英語でいう「造幣局:mint」の由来になったことがわかりました。
もしかするとお金の管理は男性より女性のほうが有能であることを古代ローマ人は知っていたのかもしれません。
※本記事で解説する内容について、実際の言葉の成り立ちや、一般的とされる説と異なる場合がございます。
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